○避難先で生活を行う上で、生活環境が違うので困っている。親戚、知人が近くにいないため、さびしいです。
○近県の避難者とも交流があればいいと思います。
○主人の仕事する地域の線量の状況と子どもたちの転校のタイミングをみて、今の生活環境を変えるか考えたいと思います。
○知人が全くいないところに母子避難をしたため、とても不安で孤独だったのをクリスマス会等を通して少しずつ人との交流ができていったことを
心より感謝しています。
○今後も子どもから高齢者までが支えとなるような情報の発信をよろしくお願いします。
○従来の地域のコミュニティが寸断され、仮設住宅に新しいコミュニティが構築されつつあることを全ていいことと思えない。
○ふるさと帰還支援事業という支援は無意味。避難者は自由に選択できるように国、県の配慮が必要だと思う。
○小高区の復興の拠点の一人になれるように頑張ります。「想い」をもっともっと広くつなげるようにしましょう!
○小高区は平成28年4月に帰還するという目標を市民に示しました。市民はだまって見ているだけではありません。今こそ、何かをすべきなのです。
形や周りに左右されない独自の考えを示し、それに参加できるようにするか、自分たちで決めなくてはいけないと思います。
自分の親の世代の想いだけではこの先の進展はないかと。 「決断のとき」なのです。
子どもの放射線の影響を心配する親は多いですが、心配も間違うと過保護になります。子どものいる家庭は市、県、国に対し、条件をつきつけ
るべき。ただし、1Fの収束が絶対条件です。有識者の意見も大事ですが、地元の声が一番大切です。言える場所がないのも問題です。
○大熊町に国会の出張所を設けて、原子力に関する会議は現地で行うべき。
○浪江町の復興状況を見て、全ての事が整い、住めるようになったら帰還を考えます。
○埼玉県の避難先から栃木県へ避難したら、情報が入って来なくて困っています。
○安心して生きていける状況になったら、浪江町に帰りたい。
○避難により体調が悪化して困っています。
○”想い”の発行をお願いします。
○”想い”の事業は具体性に乏しい。が、情報等非常に重宝しています。これからも国、県、電力に対する情報をお願いします。
○双葉町への帰還は考えていないが、どこかに家を建てて、家族一緒に住みたい。落ち着きたい。
○双葉町としてのインフラが整備されて、町民が多数帰れるようになったとき、帰還を考え始めたい。その前に、今の避難先で友人、知人が少なくて
困っている。
○避難先で困っています。自主避難地区になります。
○クリスマス会はとても楽しかったです。しかし、有意義ではないような気がします。一部の人しかわからないし、事業の事に賛同して手伝う人が少な
いように思う。どのようなことをやれば皆さんに喜んでもらえるのかわかりにくい。帰還支援というなら、もう少し具体的なことをした方がよいのではな
いか?
○県外に来て、情報がわからない事が困っています。
○孫が小学生のため、放射能が高いので二度帰郷しただけです。
○情報がわかります。これからもよろしくお願いします。
○遅い時期にさいたま市へ移動しましたが、知人に誘われて参加できています。
○精神状態が不安定で生きている意味を失う時がある。
○災害復興住宅で希望するところに入居できるなら、福島県内に移動しようと思う。
○事業は色々な情報がわかるのですごくありがたい。避難者の交流を続けてほしい。
○インフラ、店舗、家の状況、除染など、帰還の許可が出た時点で自分が帰れるか判断したい。
○それぞれの想いが伝わり、有意義でした。これからも様々な想いを伝えてください。
○少しでも浪江の近くに住みたい。
○小高区解除見込み時期が平成28年4月と決定されたようだが、大垣ダム湖底堆積土集積、駅通り液状化対策が完了した時点で、状況を
みて帰還を考える。
○もっとスリム、シンプルでいいのですが、本当に故郷に帰れるのか、後期高齢者世代にとっては、絶対に帰りたいとの想いを理解するのか、もっと
若い世代にそんな強い願望はあるのか?…このあたりを取り上げてほしい。
○いつも情報をいただき、大変助かります。大変でしょうけど、落ち着く頃まで続けていただけたらありがたいと思います。
○避難者への心配りが心の拠り処となり、安心感を与えてくれています。
○最近、今までと違って前に進もうと言う意欲がなくなってきて、目標みたいなものを失いつつあります。なにか目的みたいな場があるといいなと感じ
たりします。
○一日も早く原発の事を忘れたい。
○品物がどこで販売し、どこに行ったら花などをみられるか?
○大自然が確実に日本列島の中で変化することを理解しているので、望むこととしては東日本大震災を教訓として日本州の国民として、一人で
も犠牲者にならない。そして人間全体として長生きできるのであれば、私も長生きをしたい気持ちとして満足しながら生きていけるだろうから、
震災の辛さから切り替えられるような記事を望む。
○原発事故さえなければ浪江で生活していたのに。できなくて残念です。でも仕方ないので前進するのみ。頑張ります。
○双葉郡から避難してきた人を出会うことができたし、賠償が進んだ。出会いの場をたまに設けてくれたら嬉しいです。
○富岡町への帰還はないと思いますが、移ることができたら…どこかに…。
○配慮ある内容や情報に毎回救われております。これからも大変な活動と思いますが続けてください。
○以前のようにコミュニケーションが取れない。周りの人と本音で話せない。のびのびと生活できない。
○除染の計画があるのかないのかにもよるが、帰還困難地区等の除染の進み状況をみて、これからを考えていきたい。
○一歩一歩前に進むしかありません。お身体を大切に歩んでください。
○双葉町に帰りたいけど、帰れないので、娘の近くで生活します。
○福玉サロンや色々なイベント、支援団体主催の集まりに参加してみたい。いろんな人たちと話をしたり、友達になりたいと思います。
○災害前の状況になったら帰還を考えます。帰町しても山も川も又、農作物もできず、医者へ行くにもいわき市まで…となり、生活できないので
はないかと不安があります。
○個人借上げ制度を利用しているが、部屋が狭いうえに部屋数が足りないので困っています。
○各地の交流会、説明会及び各集会などの情報で動向がわかるので、有意義だと思う。
○今までのような活動を継続して頑張ってもらいたい。
○双葉町に帰りたいです。どのような状況になれば帰還を考えるかはこちらが逆に聞きたいです。
○いつも想いはすみずみまで読んでいます。ずっと続けてください。
○今後のことについて国、東電は真実を報じていないのでは?と考える日々です。
○3年も過ぎ、想いの活動はあまり意義がないのでは?
○国、政治に対して不信感が募るばかりで、真実ことはできない。
○このまま避難先での生活を考えるが、福島の方たちとの交流を希望します。
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